日本と欧米のアート教育の違い|専門家インタビュー

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日本と欧米のアート教育は、どのように違うのでしょうか。今回は「アトリエ・ピウ 知育こどもアート教室」の代表を務める今泉真樹先生に、日本と欧米のアート教育の現状や、アート教育を通して身につけられるものについて、お伺いしました。

 

取材協力者プロフィール
アトリエ・ピウ 知育こどもアート教室 代表
今泉 真樹 / Maki Imaizumi
■公式HP:http://www.piupiu.jp/child/
東京都出身。アトリエ・ピウ 知育こどもアート教室 代表。桑沢デザイン研究所を卒業後、英ローズ・ブルフォード大学を主席で卒業。ジャン・ルイ・シェレルなど国内外の有名ブランドや宝塚歌劇団のジュエリーデザインなどを手がける。2012年、アトリエ・ピウ 知育こどもアート教室を立ち上げ、子どもの創造力を伸ばすことに焦点をあてた指導を行う。保育 絵画指導スペシャリスト ライセンス保有。新宿区子ども未来基金助成活動【アートミック】アート講師も務める。

 

――日本と欧米のアート教育、どのような違いがあるのでしょうか。

日本と欧米のアート教育、どちらも特徴があり、求められるものが大きく異なります。これは、文化的な背景が関わっていると思います。

大まかに言うと、日本のアート教育は、テクニカル面を重視「教育=教えて育てる」のとおり、知識や技能を身につけることが中心となります。

欧米のアート教育は、技法的な能力よりも、コンセプトやプロセスが重視されます。もともと、education(教育)は、ラテン語のeducoが語源で、「導き出す」という意味があります。つまり、知識を詰め込むことではなく、「個々の才能を引き出すこと」が、欧米の教育の基本方針なのです。また、アート分野に限らず、自分で調べたり考えたりする学びが大切にされています。

 「ひまわり」幼稚園年中から小学2年生の作品。それぞれ個性あふれる素敵な作品に仕上がりました。

 

――幼稚園や小学校〜高校でのアート教育について教えてください。また、子どもたちにどのような効果をもたらすのでしょうか。

日本の幼稚園・保育園のアートの時間は、一斉保育で行われる場合が多いので、どうしても同じような作品が出来上がりがちです。アートの専門家ではなく、保育士や幼稚園の教諭が、アート教育の指導をするので、内容に幅を持たせることが難しいという面もあります。欧米では、アートの専任講師が指導する場合がほとんどです。

日本では小学校から高校まで、図画工作(美術)の時間がありますが、与えられた課題をこなすというスタイルが一般的です。具体的な課題としては、小学校低学年はクレヨン画、高学年は水彩画がメイン。工作は出来合いのキットも活用されています。クラスの人数が多いため、個々に指導するのは難しく、先生の負担も大きいと考えられます。「自分で課題を考える」機会は、夏休みの自由研究くらいでしょう。

中学や高校では、週1回という少ない時間数となり、美術はあまり重視されていない教科ということがわかります。また美術の鑑賞教育は、年1回のイベント。先生の説明を聞いて、鑑賞後に感想を書く、といった程度です。ここ数年でようやく日本でも、対話型鑑賞のプログラムを提供している美術館や団体が出てきており、アートが子どもたちにもたらす効果が注目され始めました。

一方、欧米のArt Education(芸術教育)は、小さな頃から自主性を重んじる教育のため、自分でやりたいお題を探して、作品を制作するスタイルがほとんどです。コンセプトやプロセス重視の姿勢も変わりません。これが大学、ひいては社会に出てからも続いていくのです。この経験を積み重ねていくと、「自分はどんなものが好き」という感覚を持つことが出来るようになっていきます。これは、生きていく指針になる重要なファクターです。

また、Art in Education(アートを通した教育)では、学校と美術館が連携した鑑賞教育が行われています。欧米の美術館を訪れると、絵の前に子どもたちのグループが座って、熱心にその絵を見つめている光景によく出会います。それは、欧米のアート教育で大切にされている対話型鑑賞です。単に美術鑑賞するのではなく、意見や感想を交換する場が、きちんと設けられています。正解のないアートを通して、「多様性」を理解したり、「読解力」「観察力」「思考力」「コミュニケーション力」などが鍛えられていくのです。

このように、アート教育とはアートそのものを学ぶだけでなく、アートを通して、感性や知性を身に着け、豊かな人間形成を目指すものです。

「どの作品が好きか」「どこが気に入ったか」などディスカッションしています。

 

――日本と欧米のアート系大学の特徴について教えてください。

日本のアート系の大学では、入試の際必ずデッサンの試験があります。テクニカル面を重視していますので、高い画力や技術力が必要です。

日本の芸術大学の教育目的のひとつとして、「日本の芸術文化の継承と発展に寄与する」ことがあげられます。日本の伝統工芸を守るため、高度なテクニックを駆使し、非常に品質の高い作品づくりを継承していく使命があるのです。そのためテクニックが重視される傾向にあるのでしょう。海外へ出た時に、この基礎力があることは強みにもなります。もちろんテクニカル面だけでなく、発想力や創造力も求められますので、アイデアの幅を広げることも大切です。

一方、欧米のアート系大学ではデッサンの一斉試験がなく、代わりにポートフォリオによる審査と面接があります。技法的な能力よりも、コンセプトやプロセスが重視されます。ポートフォリオは自分の作品集のことで、実績や力量を評価してもらうために作成する資料です。作品を通して、世の中へどんな問題を提起したいのか(研究目的)、試行錯誤して探求するプロセスを大切にしているか、自分の考えを他者へきちんと説明するプレゼンテーション能力があるか、といったことが重要なのです。

入学後も、生徒自身がテーマや画材を選んで創作活動をする自由教育のスタイルが主流です。大学院では、一緒にプロジェクトを進めている他のアーティストやディレクターたちとディスカッションを重ねて、作品をつくっていきます。日本では、ほとんどの場合、個人別学習・評価となります。

このように欧米では、「アートは学問であり、研究されるべきものである」と、認識されています。「作品=研究結果」であり、単に鑑賞するだけでなく、作品を通して何を語っているのかを理解すべき、と考えられているのです。自分の作品について、プレゼンテーションする機会も、多く設けられています。日本におけるアートの位置づけは、「趣味の延長」のように捉えられがちですが、欧米では、アートは立派な学問であり、仕事としても尊重されています。

(左上)小1・結名 (右上)年少・悠仁 (左下)年長・灯 (右下)年長・草蔵

 

――留学中、具体的にどんなアート教育を経験されましたか?

ロンドン留学中、面白い授業をたくさん受けましたが、一番印象に残っているのは、デッサンの授業です。「貴女の絵は、完璧に美しく描けているけれど、写真みたいで、個性が感じられない。」と言われ、ショックを受けたことを覚えています。

その先生は、私の殻を破るために、様々な工夫をして、変わった授業をして下さいました。例えば、利き手ではない左手でデッサンを描いたり、上下さかさまの絵を描いたり…。殻を破って、その次の景色が見えるよう導いてくれたのです。

これにより、絵に対する価値観や、物事の見方がガラリと変わり、「自分の個性とは何か」を探究するようになりました。試行錯誤を重ねた結果、繊細なタッチ、手の器用さを活かした丁寧な仕事など、日本人ならではの長所が、ロンドンでは高く評価されました。ですから、日本でテクニカル面の勉強をしてきたことは、大変役に立ちました。日本と欧米のアート教育、両方の良い面を取り入れていくことが出来れば、理想的だと思います。

また、外の世界から日本を見てみると、伝統工芸など日本文化の良いところがたくさん見えてきました。日本にいても、アートを通して、多くのことを学ぶことができます。基礎力としてテクニックを習得することは大切ですが、固定概念にとらわれないよう心がけること。「何を表現したいのか?」自分のやりたいことを突き詰めて、よく考えてみること。これらを積み重ねていけば、自分のカラーが見つかるはずです。迷った時は、「自分が好きなものは何か?」ということを理解していれば、おのずと道は見えてくるでしょう。

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